『こんなプロレス知ってるかい』(ユセフ・トルコ著、KKキングセラーズ)はユセフ・トルコが中立の立場でBIについて語る

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『こんなプロレス知ってるかい』(ユセフ・トルコ著、KKキングセラーズ)はユセフ・トルコが中立の立場でBIについて語る

『こんなプロレス知ってるかい』(ユセフ・トルコ著、KKキングセラーズ)をご紹介しよう。1984年4月25日初版一刷の懐かしい書籍である。アントニオ猪木派と思われたユセフ・トルコが、齟齬からその立場を離れ、比較的中立の立場でBIについて語っている。

ユセフ・トルコとは誰だ

昭和プロレスマニアで、ユセフ・トルコ(1931年5月23日~2013年10月18日)の名を知らない人はいないだろうが、一応簡単にご紹介しよう。

日本統治下の樺太で生まれ育ったため、両親ともトルコ人だったが、ごく普通に日本語を話した。

柔道対ボクシングの興行である柔拳の選手になったが、1954年に日本プロレスに入団。

はやくからレフェリーを兼任しており、日本武道館三大こけら落とし興行といわれた、ジャイアント馬場対フリッツ・フォン・エリックのインターナショナル選手権ではレフェリーをつとめている。

以後も、沖識名とともに興行の後ろの試合を裁いた。

1968年1月には、手切り金をもらいながら、国際プロレスのブッカーとして「商売敵」になったグレート東郷を襲ったといわれている(実際に手を出したのは松岡厳鉄ともいわれている)。

BI時代になってからはアントニオ猪木派と見られ、新日本プロレス旗揚げ時も行動をともにしている。

その後、新日本プロレスは退団したが、1978年には梶原一騎らとともに新団体を計画。

1980年2月27日に行なわれた、アントニオ猪木VSウィリー・ウィリアムス戦でレフェリーをつとめたり、アブドーラ・ザ・ブッチャーの引き抜きに一役買ったりと、相変わらず新日本派だったように見えたが、梶原一騎とタイガーマスクをめぐるトラブルで絶縁されると、これまでの暴露や、それまで持ち上げてきたアントニオ猪木の批判にまわった。

その頃、発刊されたのが、本書『こんなプロレス知ってるかい』である。

アントニオ猪木派でなくなったからといって、ただちにジャイアント馬場派になったわけではないが、だからこそ、「ストロングスタイル・アントニオ猪木の真実」とともに、BIに対する比較的中立な論評が書かれている。

暴露・論考・提案の本

ということで、本書は現在、入手も困難なので、忠実にその中身を追っていこう。

過激にバラそう!A・猪木のすべて

アントニオ猪木対極真空手のウィリー・ウィリアムス戦のレフェリーをつとめたユセフ・トルコは、

この試合がリハーサル付きの「八百長試合」であったこと、
アントニオ猪木はリハーサルの段階から怯えていたこと、
引き分けの対価として、ウィリー・ウィリアムスには1500万円支払われていたこと

などを暴露している。

アントニオ猪木は、実は非常に臆病である、ということは、ミスター高橋の本にも書かれていた。

そして、これも今では有名だが、舌出し事件が本当の気絶ではないこと、救急車まで呼んで、わざわざ試合会場から1時間もかかる「慣れた病院」に入院したのは、それまでのトラブルによる梶原一騎サイドの報復を恐れる逃避だったことなどが書かれている。

さらに、モハメッド・アリとの異種格闘技戦にも懐疑心を向け、6オンスのグローブをつけさせなかったり、プロレスの多くの技を禁じたりと、プロレス対ボクシングの闘いのていをなしていないことを批判している。

T・マスク引退・復帰騒動の真相

当時、新日本プロレスの人気ナンバーワンと言っても良かったタイガーマスクが報酬の搾取に怒り、梶原一騎に相談。

梶原一騎は、新日本プロレスに反省してもらうために「1億円でタイガーをくれ、という話もあるからな」という「冗談」(本書)を言ったところ、臆病なアントニオ猪木と新間寿は真に受け、トラブルにつながった経緯が書かれている。

合わせて、タイガーマスクは、プロレスそのものに失望したかのような宣言で辞めたために、果たして復帰はできるのか、ということについてユセフ・トルコは論じているが、第1次UWFに復帰したことは昭和プロレスマニアならもちろん先刻承知の顛末だ。

G・馬場に贈る必激・引退勧告

「馬場は本当に強いのか」⇒昔は強かったが、今は弱くなった
「馬場のことをどう思う」⇒幸せで不幸な男だ

禅問答ではなく、ユセフ・トルコが本章で述べている見解である。

鶏ガラのような体になったジャイアント馬場には、1985年(デビュー25周年)での引退を勧告している。

そして、レスラーとしてはエリートだったが、プロモーターとしては、アントニオ猪木にとっての新間寿がいないことが悲劇だと核心を突く指摘をしている。

本書では、「全日のプロレスで猪木の見世物プロレスを追放できるかもしれない」とまで述べているのは、さすがに仲間割れ後の感情も含まれているか。

たしかに、ジャイアント馬場には、サムソン・クツワダとか、米沢良蔵とか、アドバイスする人はいたのかもしれないが、いずれもジャイアント馬場の元を去っている。

もとより馬場夫妻は、功労者をどれだけやめさせたかわからない、ともいわれている。

ジャイアント馬場が、人を信用しないところがあったのと、本来は修行である1961年~1964年のアメリカ時代、トップレスラーとしていい思いをしてしまったために、興行する側からの勉強を怠ったこともその一因だろう。

さらにユセフ・トルコは、ジャイアント馬場には、OB招待やOB会を開催も求めている。

ジャイアント馬場は、全日本プロレスで、かつての有名外国人レスラーを呼んだが、OB招待やOB会は行わなかった。

虚空に吠える猪木の馬場への挑戦

この章は、アントニオ猪木と喧嘩別れしたことを差し引いても、マットに上がって現役生活を経験したものの証言として興味深いくだりだと思う。

アントニオ猪木は、口汚くののしりながら、ジャイアント馬場への挑戦を煽ってきたが、あるときからいわなくなったことを論考。

ユセフ・トルコは、そもそも「挑戦」自体、自分が格下意識を持っていることにほかならないと突っ込む。

そして、ジャイアント馬場対アントニオ猪木が行われたら、ズバリ、ジャイアント馬場が勝つとしている。(1984年の話)

結論をいうぜ。ズバリ、馬場だ。ヤツのほうが、ペリカン野郎より強い。だが、試合そのものは、余り面白いとはいえないだろう。猪木はハッタリ見世物プロレスだし、馬場はちょっとロートルになりすぎた。みてくればかりで、ちっともきかないワザとスローモーな動きからくる小手先のワザの応酬で、ファンはガッカリすることになるに違いない。
もしセメントでやるなら、ペリカン野郎のセンズリ、イヤ、間違った、エンズイ斬りで馬場もワザと倒れてみせるわけにはいかんじゃないか。
馬場もオールドだから、スタミナに不安がでてくるだろう。
にもかかわらず、オレが馬場の勝利というのは、ヤツのインサイドワークと老いたりといえども、まだ、それなりに威力のある、16文や32文、ジャンビング・ネックブリーカー・ドロップがフィニッシュ・フォールドになると思っているからだ。

まあ、日本のプロレスマニアの大半が、それはないだろうと思うかもしれない。

ただ、後にも書くが、元日本プロレス経理部長・三沢正和氏は、ユセフ・トルコの後の上梓である『プロレスへの遺言状』(河出書房新社)において、日本プロレス時代は「ナチュラルには馬場」と断言している。

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プロレスへの遺言状 - ユセフ トルコ
プロレスへの遺言状 – ユセフ トルコ

また、当時の日本プロレスの若手陣、高千穂明久、戸口正徳、安達勝治らも、経営者としてはともかく、レスラーとしては揃ってジャイアント馬場を高く評価しており、馬場夫妻の悪口が生きがいのようにすら見えた安達勝治などは、「猪木さんは最後まで馬場さんを超えられなかった」という発言もしている。

本書では、ユセフ・トルコが、アントニオ猪木の「ジュニアヘビー級」の体格に言及しており、「猪木のコブラツイストは(腕と足が細すぎるから)きかない」と指摘している。

昭和プロレスの馬場と猪木を懐古

以前、この画像をご紹介した。アントニオ猪木が細いかどうかはわからないが、少なくともジャイアント馬場が体をすぼめて、アントニオ猪木に巻き付かせているように見えることは確かだ。

コブラツイスト、ジャイアント馬場とアントニオ猪木から考える
コブラツイスト。相手の身体に自分の手足をブドウのツタのように巻きつけ締め上げる。日本名はアバラ折りという。昭和…

つまり、どうしても体がより小型のレスラーが攻めているのは説得力に欠けるのだ。

アントニオ猪木が勝つか負けるかはともかくとして、日本のプロレスマニアは往々にして、プロレスの試合に「強さ」を見たがるくせに、格闘技で無視できない体格の問題に無頓着であるのは不思議で仕方ない。

格闘技というのは、体重が10キロ違うと、それだけで勝敗が予想できてしまうほど体格の差が大きいのだ。

また、ユセフ・トルコによると、アントニオ猪木にはジャンプ力がなく、そうでなくても延髄斬りは効率の悪いケリであり、「J・鶴田のエンズイ斬りが猪木のより効果があるのは、鶴田がジャンプ力で猪木に勝るためにケリが水平に出るから」と述べている。

アントニオ猪木が、ドロップキックにコンプレックスをもっているのは、ミスター高橋の書籍にもあったが、日本テレビの実況中継で清水一郎アナは、「カンガルーキック」と呼んで、水平ではなく斜めに蹴り上げている「不格好さ」を美化していた。

それはともかくとして、この章では、アントニオ猪木が本気でジャイアント馬場と闘う気があったら、まず「師範代」のジャンボ鶴田と闘うべきだと提案。

しかし、アントニオ猪木はアリ戦後、ヒット企画ができたので、別にジャイアント馬場超えをぶち上げなくても良くなった。

つまり、本気でジャイアント馬場と戦い勝ちたかったわけではなく、自分を売り、新日を育てることにジャイアント馬場を利用してきたに過ぎないとユセフ・トルコは断罪している。

そして、余談として、日本プロレス時代、アントニオ猪木の要望に答えて、大阪府立体育館で、ジャイアント馬場対アントニオ猪木戦を組んだが、アントニオ猪木は仮病で試合は実現しなかったと述べている。

これはいつのことを指しているかは、まだ私は確認していない。

見世物ヒールとストロングヒール

引き抜いたアブドーラ・ザ・ブッチャーは3年契約で、1500万ドル/年、フォール負け無しという契約だったことを暴露している。

そして、そもそもアブドーラ・ザ・ブッチャー自体、太りすぎてスグ息が上がって場外エスケープが多く、馬場はいい加減うんざりしていた、と書いている。

アブドーラ・ザ・ブッチャーは、その後全日本プロレスに戻った。まだ残っている集客力に期待したかもしれないが、以前ほどタイトル戦線には絡んでいなかったように思う。

その一方で、ユセフ・トルコは、上田馬之助を褒めちぎっている。

「苦労はしたのに人間はクリーン」というが、そへんは一昭和プロレスファンに過ぎない立場ながら、いささか疑問符もつく。

『金狼の遺言ー完全版ー』(辰巳出版)で上田馬之助がジャイアント馬場の冷遇と「密告の新事実」を激白しているが…
『金狼の遺言 ー完全版ー』(辰巳出版)を読んだ。遺言というが、眼目はジャイアント馬場との確執である。全日本プロレス時代冷遇され、大熊元司の葬儀にも声をかけてもらえなかったことを怨んでいる。意見は自由だが、第三者的に疑問符のつく箇所がある。…

まあ、「レスラーとしての新しい在り方を示した」のは確かだろうが。

乱闘・流血ファイトのウソ・ホント

ここでは、アントニオ猪木と、タイガー・ジェット・シンの新宿乱闘騒動をまず批判し、タイガー・ジェット・シンと上田馬之助の仲間割れも演出だったことを暴露している。

その一方で、流血戦で流す血は本物である、という話もしている。

流血王として、グレート東郷と吉村道明を挙げ、吉村道明こそ「燃える闘魂」というキャッチフレーズがふさわしい、と述べている。

若き実力者たちへの熱きメッセージ

最終章は、ジャンボ鶴田、天龍源一郎、長州力らに提案を行っている。

注目すべきは、まだこの時点で維新軍が結成されたばかりで、ジャパンプロレスはできていなかった長州力について。

ユセフ・トルコは、長州力が、ブルーザー・ブロディーやスタン・ハンセンと戦える水準にないことを示唆し、新日本プロレスの敵役軍団ではなく、もっと違うところでスケール大きく勝負しろ、と提案している。

長州力は、その後、全日本プロレスに戦いの場を移すことになるが、ユセフ・トルコの慧眼というべきか。

もっとも、長州力は新日本プロレスにUターンしてしまったので、外国人レスラーと名勝負をつくることはできなかったわけだが、長州力はもう少し頑張れなかったのだろうか。

ユセフ・トルコはアントニオ猪木と和解したが……

ということで、アントニオ猪木に手厳しいことは確かだが、決して悪意に満ちた暴露ではなく、ユセフ・トルコなりの提案や論考があり、読み物としての質は悪くないと思った。

その後、ユセフ・トルコとアントニオ猪木は和解したらしく、また猪木よりの発言をするようになった。

先に挙げた『プロレスへの遺言状』(河出書房新社)で書いたように、ジャイアント馬場とアントニオ猪木が戦ったらどうなるか、が語られている場面では、元日本プロレス経理部長・三沢正和氏が「ナチュラルには馬場」と発言したところ、ユセフ・トルコは「リーグ戦をやってみないとわからない」という苦しい意見を述べていた。

つまり、ユセフ・トルコは『こんなプロレス知ってるかい』で、いったん「馬場が強い」と述べてしまった。

もしくはその時点でも本当にそう思っている。

が、アントニオ猪木と和解してしまったから、猪木を悪く言えない。いいたくない。

そこで、たとえ○馬場ー猪木●だったとしても、複数の同じ相手と闘うことで、トータルではアントニオ猪木の勝率が上回るかもしれない、と述べているのだ。

きっと、ジャイアント馬場対キラー・カール・コックスが決勝戦の予定だった第13回ワールドリーグ戦のラス前に行われた岡山大会で、キラー・カール・コックスにアントニオ猪木がいったんは負けた試合をやり直して、アントニオ猪木の勝ちにして、強引に同点決勝にしてしまったウルトラCをユセフ・トルコは覚えているのかもしれない。

だが、それは、どっちが強いかという命題の答えとしてどうなの、という気がするがいかがなものだろうか。

いずれにしても、中古市場で本書『こんなプロレス知ってるかい』を見かけたら、昭和プロレスマニアには一読をおすすめしたい。

以上、『こんなプロレス知ってるかい』(ユセフ・トルコ著、KKキングセラーズ)はユセフ・トルコが中立の立場でBIについて語る、でした。

こんなプロレス知ってるかい―ドーンと真相! デスマッチ (キングブックス) - ユセフ・トルコ
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