ジャイアント馬場のプロレスとアントニオ猪木のプロレスの違い


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ジャイアント馬場のプロレスとアントニオ猪木のプロレスの違い
ジャイアント馬場とアントニオ猪木。昭和プロレスでは、もちろん外せないツートップであるが、そのプロレスラーとしてのスタイルやプロレス観は全く違うと言われている。具体的にどう違うのかを、実際のレスラーの証言から論考し、懐古してみよう。

先日、アントニオ猪木が、ジャイアント馬場がコブラツイストを使ったことを批判したと書いた。

コブラツイスト。相手の身体に自分の手足をブドウのツタのように巻きつけ締め上げる。日本名はアバラ折りという。昭和&

プロレスでは、レスラーの必殺技を勝手に使ってはいけないという不文律があるというわけだ。

しかし、ウエスタンラリアートのような例もあり、むしろ“類似品”が出てくるほど、自分が本物であることを誇示できるチャンスと見ることも出来る。

とくに、アントニオ猪木はそのような前向きな発想の持ち主だったはずである。

それが、なぜ、ジャイアント馬場のコブラツイストにへそを曲げたのか。

アントニオ猪木

ふたつ推理している。

ひとつは、先日書いたように、実は説得力という点で自信がなかったのではないか、という疑いである。

もうひとつは、ジャイアント馬場とアントニオ猪木のプロレス観の違いである。

ジャイアント馬場は、コブラツイストを必殺技として使わず、痛め技として使っている。

ラリアートのような、ピンフォールを奪う技は、試合の流れを変える意味で使うことはある。

しかし、この技を使ったらフィニッシュ、という認識が、レスラー、観客間に成立している技を、たんなる痛め技に使われちゃかなわない、という気持ちもアントニオ猪木にはあったのではないだろうか。

先日、あるムックを読んでいて、そんな推理をした。

それは、『Gスピリッツ Vol.42』(辰巳出版)である。

『“最強レスラー”ジャンボ鶴田を内側から読み解く』という特集である。

つまり、ジャンボ鶴田について掘り下げた読み物だが、同書の中に、ジャイアント馬場のプロレスと、アントニオ猪木のプロレスの違いを、佐藤昭雄が語っているのだ。

興味深いくだりなので、引用しよう。

「猪木さんのコブラツイストや卍固めって、“これで決まったよ!”と、お客さんも実際に痛みがわかるよな。だけど、馬場さんのフィニッシュは16文キックであったり、32文ロケット砲であったり…あの人の大きさからすれば、ドロップキックをやるのは大変なことだけれども、ギブアップ技って持ってなかったよね。ジャンボもそうだったよ。何でも合格点が付く技をやるけれども、ボンボンボンと畳み込んで、最後にボンと決めるというのがなかった。だから、ジャイアント馬場のプロレスなんだよ。猪木さんみたいに.“テメェ、この野郎!”とバチンバチン行って、バシッと卍固めに入るとかいうのは、馬場プロレスにはないんだよ。馬場さんは、そういうのが嫌いなんだ。だから、全日本プロレスでそういうフィニッシュを使う人は誰もいなかっただろ。試合の流れの中で、フィニッシュまでの流れがあって勝負がつくというのが馬場さんのプロレスなんだよ」
ー確かに平成の四天王時代になってから、三冠戦のフィニッシュはギブアップではなく3カウントという暗黙のルールがありました。
「馬場さんは、完全に相手を封じるサブミッションホールドというのが嫌いなんだよ。最後はワンツースリーで、“あっ、スリー入った!”とお客さんを喜ばせるのが馬場さんのプロレスだったんだ。ただ、ジャンボも馬場プロレスなんだけど、相手に合わせて試合を五分に持って行って、そこから反撃していくよというのがなかったんだよ。受けから攻めに変わる流れの作り方を若い時にやらなかったから、結局覚えなかったんじゃないかな」

「試合の流れの中で、フィニッシュまでの流れがあって勝負がつく」

「馬場さんは、完全に相手を封じるサブミッションホールドというのが嫌い」

これは至言である。

今でも、Youtubeやニコ動で、ジャイアント馬場が、ジン・キニスキーにインターナショナル選手権を取られた試合が、今のファンに好評である。

「勉強になる」「いい試合だった」というコメントがニコ動でも続く。

ジャイアント馬場のプロレスは、いうなれば、コロンビアトップ・ライトや、獅子てんや・瀬戸わんやなど、古典的な東京の漫才のようなものである。

その時々の爆笑はないわけではないが、ギャグですませる漫才ではない。

全体の流れで、ひとつの芸になっている。

「ああ、あれで終わったのは、あの時のあの展開が伏線になっていたのか」というような考えさせる漫才である。

ジャイアント馬場も、全体から見て、改めて凄さがわかる試合の組み立てである。

コテコテのギャグを連発する刹那的な大阪漫才とは根本的に違う。


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技のインパクトよりも全体の流れで勝負に説得力をもたせる

ジャイアント馬場が、鹿児島でジャック・ブリスコを破ってNWA世界ヘビー級選手権を奪った試合を振り返ろう。

ジャイアント馬場は、1本目で必殺技の32文ロケットキックを早くも出して即効で先取。

2本目はジャック・ブリスコが、得意技の足4の字固めでタイに。

そして3本目、足を痛めたことで、16文も32文も使えなくなったジャイアント馬場が、ジャンピングネックブリーカードロップで3カウントを奪った。

1本目から32文を出したのは、ジャック・ブリスコの足4の字固めのイメージを大切にするため、ジャイアント馬場は足技をその前に出しておかなければならなかったからだろう。

要するに、1本目が3本目の伏線になり、3本目まで計算しつくされた試合だった。

細かいところだが、やしの実割りを2発炸裂し、一気に責めるのではなく、いったんジャック・ブリスコに攻めさせるところも、ジャイアント馬場らしい展開である。

観客が、さあいくぞ、というところを、ワンテンポおく。

それによって、観客はいっそうつんのめる。ヒートする。

ここをツーテンポにすると、観客は白けてしまうので、ワンテンポのずらしがミソなのである。

やはり、『Gスピリッツ Vol.42』(辰巳出版)で、キム・ドクこと戸口正徳が、ジャイアント馬場のそのような試合運びが勉強になったことを認めている。

「馬場さんは巧いなと思ったよ。試合の組み立て、攻守の切り替えなんて絶妙だから。休むところはセーブして、行く時は行く。あのリズムが素晴らしい。あの人はレスラーとしては最高だよ

話を元に戻すが、フィニッシュに「完全に相手を封じるサブミッションホールド」を使わないジャイアント馬場が、コブラツイストを痛め技として使うのは、全く当然のことなのである。

こんなところでも、ジャイアント馬場とアントニオ猪木は、対照的だったのだろう。

それにしても、昭和プロレスは、いくら語っても語りつくすことがない。

Gスピリッツ Vol.42 (タツミムック) -
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